1 本人だけで進める交渉と弁護士による交渉
この文章は、街の本屋さんにたくさん並んでいる交通事故賠償請求の素人向け解説書ではありません。交通事故で損害を被った被害者として、保険会社や共済組合などと交渉をする場合、よほどの場合(*)を除けば、その交渉は自分でやるよりも弁護士に依頼された方がよい結果が得られます。この文章は、その理由をできるだけ詳しく具体的に説明しようとしたものです。少し乱暴に言えば、賠償請求を考える上で必要なポイント以外の知識はなくても、あなたの目的は十分達し得るという考え方に立っています。
*「よほどの場合」はあります。弁護士として反省を迫られますが(例えば、『交通死』二木雄策・岩波新書)、それについては別の機会にお話ししましょう。
事故を起こした加害者は、多くの場合、自分が契約している保険会社に事故を起こした(事故が発生した)ことを連絡し、これを受けた保険会社の担当者が被害者の前に現れ、そこから補償交渉が始まります。保険会社にとって、加害者は保険料を払っていただいた大切なお客さまで、保険会社はその加害者の代理人なのです。
事故によっては傷害の治療期間が長引き、被害全体に関する補償交渉は、治療終了後とか症状固定後まで始められない場合もあります。しかし、治療費の支払いのことなどもあり、事故からあまり時が経たないうちに、保険会社が登場するのが普通です。
言葉の使い方を最初に整理しておきます。死亡事故の場合は、被害者は直接には亡くなった方であり、補償請求をするのは被害者の相続人の皆さんなど、ご遺族になるのが普通です。でも、ここでは、死亡事故と傷害事故を区別せず、ご本人とご遺族の区別もせず、すべて「被害者」と言います。補償交渉の相手には、共済組合などもありますが、被害者にすれば保険会社もそれ以外の支払い団体もあまり変わらないので、ここではすべて「保険会社」と表現します。また、保険会社は、加害者を任意保険の契約者という意味で「契約者」と呼んでいますが、ここでは「加害者」で統一します。
補償請求の大半は、被害者やそのご家族が保険会社との間で交渉して合意に到達し、そこで決まった金額が支払われて終わります。被害者が補償請求交渉を弁護士に依頼するのは、死亡事故や重大な後遺障害を伴う事故でも決して多くありません。それ以外の人身事故ではさらに少なくなり、物損事故に至ってはほとんどないと言っても過言ではありません。
「合意に到達し」と言いましたが、多くの被害者は到達した結論の当、不当が判断できません。それどころか、妥当とか不当とかを考える気持ちにさえなっていないのが普通です。
たいていの被害者は、補償請求書面に住所や名前などを書き込んで保険会社に提出するだけです。それさえ多くは保険会社の指導のもとで行っています。大半は要求金額も書きません。交渉と言えるほどの交渉もなく、保険会社が提示した回答金額がそのまま補償の結論になり、多くの被害者は結論に疑いも懐かず支払い金を受け取っています。多くの被害者は「保険会社は素人の被害者に対し誠実に回答してくれた」と信じきっています。金額や算定の方法にいくらか疑問を持っても、だからと言って弁護士に相談する気持ちにはとてもなりません。
そのような保険会社のやり方・態度はまことにいかがわしく、補償請求の仕方にも間違いがあります。いかがわしいのは保険会社の個々の担当者ではありません。一人ひとりの担当者の人柄には感銘を受けることもありますが、救いがたいのは保険会社の基本的な姿勢と補償金の支払いの仕組みです。そのことに疑問も懐かず従っていては、本当は受け取る権利のある補償も受けられずに終わります。
保険会社は、自社の金庫から出て行くお金が1円でも少ないことを期待し、それを追求します。リアルな言い方をすれば、会社は、「会社の許す範囲の補償金額を、被害者を満足させながら渡した」担当社員を高く評価します。自身の姿勢と会社の方針のはざまで悩む社員もいるでしょうが、このことは否定しがたい現実です。
被害者から依頼を受けた弁護士は、そういう保険会社の事情には拘泥しません。誠実な弁護士なら、裁判例や先例や学説などを活用し、時にはこれまで認められていない新しい考え方も主張して補償金額を引き上げようと努力します。
そういう弁護士は、保険会社にとってはうっとうしく、やっかいな存在です。まれに「被害者から勝手なことを言われて苦労していたので、弁護士さんがついてくれてほっとした」と言われることもありますが、総じて言えば、所定の支払い基準よりはるかに高い支払い金額を保険会社に押しつける「好ましからざる相手」です。
ときどき「弁護士には依頼しない方がよいですよ」と言う保険会社の担当者がいます。「保険会社の支払い額がいくらか増えても、ほとんど弁護士に持っていかれます。弁護士を喜ばせたって仕方がないでしょう」などと『助言』します。
弁護士に頼めば確かにお金がかかります。「お金が目的ではない。事故の真相究明のために弁護士の力を借りるのだ」とおっしゃる方もいます。依頼の目的を獲得金額を増やすことだけと理解するのは、被害者の思いにもそぐわず、時に大変失礼だとも思います(真相究明には弁護士は不可欠の存在です)。しかし、敢えてお金の問題に絞って弁護士依頼の良し悪しを言えば、「弁護士費用を払っても十分見合うほど補償金額が増額できるかどうか」を考えるべきでしょう。
そして、多くの場合、「弁護士費用を払っても十分見合うほど補償金額が増加」します。つまり、弁護士には増加した補償額の一部しか渡りません。もっともこのようにお話ししても、それだけでは本当かしらと思われるでしょう。具体的な内容は後に詳しくご紹介します。
保険会社の担当者は、弁護士に介入されたくないけれども、被害者に露骨に弁護士排除をもちかけて、後に被害者の代理人になった弁護士から批判されたくはないので、さりげなく触れているように感じます。しかし、保険会社をめぐる経済環境が急速に悪化し、「払い渋り」も取りざたされる最近の状況からすると、この傾向は今後ますます現実的になるように思われます。
保険会社の担当者から、「弁護士依頼はやめておいた方がいい」とか、「依頼しなくても良い結果が出るようにする」などと言われた時には、「おいでなすったな」と思いましょう。そして、「そうか、この事件には弁護士が入ってくると保険会社の支払い額がよほど増える理由があるらしいな」と考えましょう。弁護士不介入を勧める保険会社の言葉には十分注意をする必要があります。
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