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「交通犯罪の起訴緩和に疑問」 真相究明より安易な示談生む恐れ

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「交通犯罪の起訴緩和に疑問」真相究明より安易な示談生む恐れ【交通犯罪の起訴】

被害の軽い交通事故の刑事責任追及を大幅に緩めることが検察内部で本格的に検討されている、と伝えられる。新しい起訴基準は、被害者のけがが二週間以内で、加害者に悪質な法令違反がない場合には、示談の成立を条件として一律に不起訴(起訴猶予)にするというものである。東京高検管内の各地検が昨年これを実施してみたところ、起訴率が一昨年の3分の1前後に激減したとされている。

交通事故は、刑事事件としては、通常、業務上過失致死とか業務上過失傷害という罪名の刑法犯になる。昭和61年のデータでは、起訴された者の数は全国で37万人ほどだから、起訴率が今後も3分の1になるとすれば、これまでの扱いなら起訴されていた25万人もの交通事故の被疑者が今後は起訴されずに終わることになる。この数年間、交通関係の業務上過失致死・傷害事件の不起訴者の数は13万人前後しかおらず、刑法犯の不起訴者を全部合わせても20万人ほどしかいないのだから、「プラス25万人」がいかに大きいかがわかる。刑法犯の起訴基準の歴史的変更の一つといっても過言でないだろう。

検察当局は、これによって今後は重大事故は起訴、軽微事故は不起訴とめり張りのきいた処理ができると言うそうだが、私にはそのように単純に考えられない。問題はいろいろあるが、最大の疑問は次のことである。

嫌疑を争えば起訴される可能性があり、争わず示談をまとめれば不起訴になるのであれば、不起訴にするという約束にひかれて嫌疑に承服していないのに心ならずも争わないことにする者が必ず出てこよう。問題になるのは多くの場合過失の存否だが、現実には何をもって過失と考えるべきかそれほど明確でないことが多い。法的判断などに縁のない一般のドライバーにとっては、過失の有無をめぐって捜査官と抗争するのは至難の業だ。捜査官から過失があると迫られ、しかし示談さえまとめれば不起訴にすると言われれば、たいていの被疑者は動揺する。真相の究明よりもどちらが得かを先に考えてしまうことが十分に予測される。

交通事犯捜査の簡易化といえば、モータリゼーションの高まりを反映して道交法違反事件が急増した時期に、各方面の異論や反対を押し切って導入された反則金制度の例が思い起こされる。警察、検察庁、裁判所の事務軽減などを目的に、悪質な違反の場合を除き反則金を納めれば刑事責任を問わないことにするというこの制度が登場したのは、違反件数が400万件を超えた昭和40年代の初めだった。そして、それまでの方式ならば無罪を主張していたであろう人々を含む数多くの被疑者が、前科にもならず手間もかからない反則金支払いになだれこんでいった。今日では道交法違反の総数は1300万件を超え、うち1000万件以上が反則金の支払いで終了しているが、その中には嫌疑に疑問がある事件が少なからずひそんでいるはずである。

犯罪事実の存在やその内容について、警察官の認定を尊重させることにより大半の事件の決着をつけてしまうのが道交法違反における反則金制度の導入なら、検察官(実際には、副検事や検察事務官が多い)の認定を尊重させることにより大半の事件の決着をつけてしまうのが今回の交通事故事件の起訴基準変更構想ではなかろうか。

いかに交通事故事件が増えているとはいえ、そのことに目を奪われ、安易に便宜的な処理に走るのは本末を転倒するものであり、さまざまな不都合を伴う大量画一処理方式を軽々しく刑法犯の捜査にまで導入することは許されないと私は考える。

(朝日新聞「論壇」 1988年8月2日)

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