交通事故時の補償解決実績、および著書、講演実績多数 交通事故の弁護士と言えば高山法律事務所

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裁判員制度廃止の展望が見えてきた

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裁判員制度廃止の展望が見えてきた インタビュー 高山俊吉弁護士

(百万人署名運動全国通信 2010/2/1)

 ――天皇が裁判員制度に言及しましたね。

昨年12月22日、天皇誕生日を前に、天皇が「感想文」を発表しました。おおよそ1400字の全文が紹介されています(『東京新聞』09年12月23日)。以前は誕生日前に記者会見をしていたのですが、「体調配慮」の一環か、一昨年から感想文方式になったのでした。

今回の「感想文」は、その6分の1を裁判員制度に割いています。簡単に言うとこんなことです。「今年の夏から裁判員制度が実施された。…昭和初期には短期間、陪審制度があった。戦後間もないころ、穂積東宮大夫、のちの最高裁判事から聞いた。…この制度は日本になじまなかったということだった。裁判員制度は陪審制度とは異なり、裁判官と一般の人が共に裁判に参加するという制度。今後の様子を、期待を込めて見守りたい」。

新型インフルエンザの話と豪雨台風の話に続いて裁判員制度の話をした。天皇はあえて裁判員制度に触れた。これは実に重大な意味を持っています。

「感想文」は、天皇が個人的な考えを表明したものではありません。天皇はそのような言動に勝手におよぶことはない。少なくとも裁判員制度に関する部分は、最高裁あたりが事実上の助言をして、宮内庁あたりが子細にチェックをしているでしょう。

天皇の誕生日発言のテーマと言えば、天災地変とか流行病とか家族の健康とか、言ってみれば「当たり障りのない」話に普通はしぼります。裁判員制度はそういうテーマではまったくない。それどころか国民の大多数が背を向けている重大司法問題であり、政治問題中の政治問題です。しかも、その発言内容も、「裁判官と一般の人が共に裁判に参加するところに期待する」という、極めて踏み込んだ内容のものです。

このことが示すものは何でしょうか。「誕生日の感想」に裁判員制度をに取り上げた(取り上げさせた)ことほど、裁判員制度が途方もない危機に直面していることを示すものはありません。

天皇を引っ張り出す(しかない)ところまで最高裁や法務省が追い込まれている。しかし、それは彼らにとっても実は極めて危険な賭です。朝日新聞は、裁判員制度に関する部分をカットして報道しました。天皇によって辛くも支えられる制度だということを「自白」するものだからです。そのリスクを感じたのでしょう。

――読売新聞の社説も裁判員制度を論じましたね。

1月13日の社説は「今年が裁判員制度定着への正念場」と書きました。「制度1年目としては、まずは順調な滑り出し」と迎合したうえで、「今年は難事件の公判も増え、昨年以上のペースで公判日程が組まれる」と言いました。しかし現実はそんな生やさしい状況ではありません。

昨年8月から年末までに、裁判員裁判は138件の判決が言い渡されました。簡易事件先行で始まったのですが、それでも5ヶ月で138件しか審理できなかった。あまりにも少ない数字です。事件数が年間2000件としても、今年は7月までにあと1800件以上の裁判員裁判を行わなければならない。1ヶ月に250件以上の割合です。

しかも、死刑か無期か、有罪か無罪かという深刻な事件はこれからです。否認事件は全体のおおよそ3分の1です(一部否認を含めて)。これまでつとめて先送りしていたその種の事件の審理がこれからどんどん始まります。

――これまでのところ出頭を拒んで罰金を払わされた人はいないという。

この5ヶ月間、処罰例は1つもありませんでした。「裁判員選任手続きに呼び出された候補者計5842人のうち622人が欠席したが、裁判員法に定められた過料を科せられた人はいない」(『東京新聞』1月7日)。

道路交通法の世界では、実際の違反状況と処罰件数は大きくずれます(多くの違反行為は実際には処罰されていない)が、それでも確実に処罰はされており、交通違反の検挙件数は年間約800万件に上ります。そういう状況下で、道路交通法はとりあえずルールとしての実効性を維持しているのです(多くの市民は、速度違反をすれば捕まるおそれがあると思っている)。

裁判員制度の世界は状況がまるで違います。選任手続きに出頭しなくてもどうやら処罰されないらしいことになってきた。処罰しない理由を聞かれて、最高裁は「とりあえず選べているから」と答えているようです。しかし、昨年秋には早くも追加選任手続きという「補充募集」を余儀なくされた地裁がいくつも出てきましたから、ここにも黄信号がともっています。

しかも、やれているかいないかは、「正当な理由のない不出頭」かどうかに関係がありません。やれていようがいまいが、違法は違法のはずです。ここには、とことん嫌われている裁判員裁判への強制動員はしたくてもできないという彼らのギリギリの判断があります。

説明にならない説明をしている間に、「行かなくてもよいのなら行くのはやめよう」という空気がどんどん広がっています。1月12日の静岡地裁の出頭率(選任手続き当日の出頭者数÷裁判員候補者抽出数)は、ついに30%を割りました。私は、この春、出頭率が20%を割ると思っています。

触れておきたい話がもう一つあります。裁判員裁判後の共同記者会見のことです。昨秋、仙台地裁での裁判後の記者会見の際、地裁の総務課長が裁判員に、「ばかな質問をする記者がいるから、その時は私にアイコンタクトしてください。質問を止めさせますから」と事前に言っていたことがわかりました(『河北新報』1月7日)。記者クラブは仙台地裁に厳しく抗議をしているようです。「ばか」発言はもちろん問題ですが、それ以前に記者会見のあり方自体に重大な問題があることを指摘したいと思います。

記者会見の時は、裁判員の皆さんは、審理、評議・判決に立ち会った直後です。意識としては、まだ裁判所や裁判長のコントロール下にあります。場所も裁判所の建物の中です。少なからぬ裁判員にとって、記者会見は、裁判員としての仕事の続きです。自分は本当を言うとこう考えているなどと毅然とした発言をすることができる人はほとんどいません。

国民に「よい体験」を報告させる演出のはずが、つい本音が出てしまい、記者会見の狙いが暴露してしまった。これも裁判員制度の破綻を象徴しています。

「天皇の誕生日発言」「共同記者会見の綻び」「出頭率の急低下」は、この間の闘いの前進をよく示す事実です。

――裁判員制度の廃止を勝ちとるイメージは?

裁判員制度の廃止には、国会議員や政府の働きで制度改正を追求するのが運動の基本ではと言う人もいますが、私はそうは思いません。裁判員法の成立に賛成した彼らに依拠しながら制度の廃止を追求することはあり得ません。私たち国民自身が、この制度を根本から認めていないという事実を徹底的に彼らに突きつけて、制度推進勢力に白旗をあげさせるのが基本です。

そして、そのために必要なのは、労働者も農民も自営業者も市民も主婦も学生も、草の根から立ち上がり反撃の旗を具体的に示すことです。その中軸に置かれる指標は「出頭拒絶」のうねりの高揚です。現在のところ、出頭率はまだ30~40%ですが、一日も早く20~30%にし、そして10%台にする。100人選んでも10数人しか集まらなかったら、それこそ雪崩を打って大ブレイクします。だから、一人の拒否をみんなの拒否へ、です。

出頭拒否が増えると、最高裁も呼び出す人を増やざるを得なくなり、処罰にも向かわざるを得なくなる。そうすると拒否者がさらに増える。最高裁・法務省はまさに“恐怖のスパイラル”に突入します。

運動を一日も早くそこに到達させるにはどうしたらいいか。小さな集会をあちこちでやっていきたい。たとえば千葉県は、全国でももっとも裁判員裁判が多い県です。その千葉で、講師を招いて行う集会だけでなく、地域の人々が集まって議論する小集会を県内各地でやりたい。みんなで廃止署名を集めるにはどうしたらいいかを相談する。駅頭行動も起こす。久留里線の駅でも新京成線の小さな駅頭でも署名をやれないか。そういう小行動が県内各地でやれたら千葉地裁は白旗を上げる。そしてそのうねりが全国に及ぶと思います。

――改憲と戦争を許さない闘いということになりますか。

裁判員制度反対を唱える憲法学者はほとんどいません。「国民の司法参加が民主主義の実現である」という論に負けているのです。

憲法は、平和や民主主義や基本的人権をうたいますが、その憲法原理というのも、戦後の様々なせめぎ合いの中で生まれた妥協の産物です。評価できる点もあれば、そうではない点もある。しかしそういう憲法を全体として良いものだとしているのが、戦後憲法下のいわばモヤモヤとした憲法価値観でした。少なからぬ憲法学者たちはそこにメスを入れないまま発言してきました。

ところが時代は容易ならざる状況になってきた。生活がまともにできない国民がかつてなく増えてきた。多くの憲法学者が、危険な国家論に反論しない状態になっている。裁判員制度推進の立場に立つ『朝日新聞』や『世界』も、基本的に「国民の司法参加は民主主義の実現」う論に立っています。

9条改憲・戦争と裁判員制度は質的に通底していると思います。だから、それとの闘いも一つの闘いです。連合」が裁判員制度を推進し、「全労連」が実質推進の立場に立つ。資本や政府と本気で闘わない労働組合は裁判員制度を推進するという構図が確実にあります。

動労千葉にしても、法政大学の学生にしても、闘っている人たちの中心に“戦争を許さない”思想がある。労働者としての権利を死守して決起するということ、学園を営利追求の監獄大学にさせないということと“戦争を許すな”の要求は、結局のところ一つに結びつく闘いです。あれもやりこれもやらなくちゃではなく、どれもが実際は一つの闘いなんだいうとらえ方をしたいですね。

5月18日に裁判員制度の息の根を1年で止める全国集会を東京の日比谷公会堂で開催します。5月18日は改憲国民投票法の施行の日でもあります。鳩山首相が「改憲論議の再開」を言い始めている今日です。裁判員制度廃止と改憲阻止を結びつけて勝ちとる集会として、何としても皆さんと一緒に成功させたいと考えます。(了)

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