交通事故時の補償解決実績、および著書、講演実績多数 交通事故の弁護士と言えば高山法律事務所

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豆を煮るに萁をたく

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豆を煮るに萁をたく【裁判員制度】

ヘンリー・フォンダ主演の陪審員ドラマ『12人の怒れる男』という映画をご覧になったことがあるだろうか。

舞台は殺人容疑の若者を裁く法廷だ。面倒なことは早く済ませてヤンキースの試合を見に行きたいと思っている気のいいおじさん、孤独なお年寄り、スラム育ちの青年、頑強に有罪を言い募る紳士……。12人の陪審員のうち11人は有罪に投票する。だが、たった1人だけ無罪を主張した男がいた。判断の僅かな隙間に疑問のメスを切り込み、陪審員1人ひとりに説得を試みる建築家デービス。怒声と不穏な空気が評議室を包みこむが、ついには全員一致の無罪評決に達する。雨上がりの爽やかでさりげないラストシーンが印象的だった。

政府は、職業裁判官に素人裁判官が混じって裁判する裁判員制度を5年後に始める法律を成立させた。しかしながら、市民が司法に参加することになったことを祝う気分などどこにもない。それどころかひどく不評である。裁判員にはなりたくない市民70パーセント超と世論調査は報じた。「人を裁きたくない」「判断に自信がない」「仕事は休めない」。現実に自分が人を死刑台に送るなど考えもしなかった市民にすれば、それも当たり前のことだ。

対象は殺人などの重大事件に限られ、裁判員は20歳以上の有権者の中からランダムに選ばれる。やむを得ない事情がなければ拒めず、「他人を裁きたくない」などという理由はもちろん認められない。裁判官3人と裁判員6人で評議するのが基本。ただし、どの証拠を調べるかは、裁判員が参加する前に裁判官だけで決めてしまう。評決まで最長一週間程度。そして、評決の内容は夫婦間でも漏らすと懲役刑。生涯を通じ13人に1人が裁判所に呼び出されるという試算があり、数人に1人になるという見方もある。

陪審の基底を流れる思想は「被告人の楯」だ。陪審が名誉ある権利とされるのもそのゆえだし、『12人の怒れる男』が感動を呼んだ理由の一つもそこにある。

裁判員制度の思想は陪審とはまったく違う。裁判員制度は、小泉首相が国家戦略と銘打つ司法改革政策の目玉である。この方針を答申した政府審議会の意見書には、「裁判員制度は個々の被告人のためのものではない」旨の指摘がある。市民は裁判員になって統治主体意識を育ててもらいたいというのである。評議室は市民の司法動員の勉強部屋なのだ。元々対等でない者の間には怒声も不穏な空気も存在しない。このままでは裁判員はせいぜい裁判のお飾り役になるか、「市民」代表として一層の重罰を求める役回りを演じるだけになろう。審理に参加した裁判員の名前が隠されるのも裁判員制度の危うさを象徴している。

戦前、日本にも陪審があった。陪審法は、対華21箇条要求を経て中国大陸で排日運動が高まりを見せた1923年に成立し、張作霖爆殺事件の28年に施行された。しかし、僅か2年で審理件数が半減、当局は延命を図ったものの15年後の第2次大戦中に消滅した。この陪審制度では、裁判官は評議にこそ参加しなかったものの、評議に納得しない時はやり直しさせることができた。陪審とは名ばかりの統治学習の仕組みそのものだったのである。大日本陪審協会刊の「陪審手引」(1931年)には、「陪審制度は民衆から要求されたのでも、従来の裁判に弊害があったのでもない。一般国民を裁判手続きに参与させれば、法律知識は涵養され裁判に対する理解は増し、裁判制度の運用は一層円滑になる」とある。

戦前の陪審は、陪審裁判を受けるかどうかを被告人に任せた結果、ほとんどの被告人が職業裁判官による裁判を選んでしまった。それが制度崩壊の引き金になったことから、政府は、今回の裁判員制度については被告人の選択を認めないことにした。市民は裁判員就任を拒めず、被告人も裁判員裁判を拒めない。「汝、処罰せよ。然らずんば、汝、処罰さるべし」。市民をして市民を処罰させる。「豆を煮るにをたく」。恐ろしき隣組的治安管理時代の到来である。

しかも、有罪には全員一致を必要とする(有罪と無罪に分かれたら評決不能を言渡す)陪審制と異なり、裁判員制度は、過半数で有罪の結論を出すことができ、量刑まで判断することになるため、評議で無罪を主張して敗れた少数者も量刑の判断に参加して意見を言わねばならないことになる。

法成立時の法務大臣は「妻は裁判員をやりたくないと言っている」と述べ、現職の裁判官は「法律を読んでも運用の仕方が分からない」と訴えている。多くの弁護士が無辜の者を死刑台や牢獄に送る冤罪の多発を懸念して裁判員制度反対の意見を表明し、日本雑誌協会は「あまりの拙速な審議に驚きを禁じ得ない」と抗議声明を出した。

簡易、迅速、重罰の裁判は戦時司法の特徴である。裁判員法は早急な廃止を要する希代の悪法と言うほかない。

(文藝春秋 2005年2月号)

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